小劇場『ある家族の同居物語』

親との同居を考える(子世帯編)

壁にかけた一枚の写真。一人息子の誕生日に写したものだ。それを見ながらふと考え込んでしまった。
「どうしたの?」
私の様子に気が付いた妻が声をかける。
「うーん・・・。」
私は生返事をした。このタイミングで言うべきかどうか自信が無かったのである。
実のところ、親との同居の事を考えていた。
自分の親と妻は実に仲が良い。しかし、いざ同居の話となると躊躇われた。
しかし、自分が長男である事を考えるといつかはしなければならない話でもある。

「うちの親と同居って出来るかなー?」

ちょっといつもと声のトーンが変わっている事を感じながら、出来るだけさり気なく切り出してみた。
「・・・」
妻の返事に少し間が空く。
いくら仲が良いとは言っても、同居となれば大分話は違う。それは私も十分認識していた。
しかし、妻の答えは私が予想したものと少し違っていた。
「あなたがそうしたいのなら、私はいいよ」
「・・・!」
こうすんなり受け入れられると、かえってこちらが心配になる。
「でも、同居となれば色々と大変だよ。僕は自分の親だから気を遣うことも無いけど。
一旦住み始めれば、そう簡単にまた別居って言うわけにもいかないし」
後々揉める位なら、今のまま別居の方が良いと思っていた。
「でも今のままだとずっと賃貸のままでしょう、それももったいないし。
かと言って私達だけで家を建てるとすれば、この辺では無理でしょう」
「まあねぇ・・」
私にはまだ妻がどの程度本気なのか計りかねていた。
「それに、そうなると夫婦共稼ぎになるからこの子も一人っ子のままで可哀想だし」
そう言われてみると、確かに両親との同居はやりようによっては、色々良い事も多い。
私は最初から同居が難しいと思い過ぎていたのかもしれない。私の気も晴れて来た。
「今はこの子にかかりっきりだけど、うちの両親が近くにいればちょっと預けて二人だけでご飯とかも行けるしね」
「そうねぇ、随分そんな事もしてないなー。確かに同居となれば気は遣わなきゃいけないし、
あんまり甘やかされたりすると困るけど、それはあなたからも上手く言ってくれるんでしょ?」
「うん。そりゃあ同居で一番苦労するのは君だから、役割分担の線引きは僕が責任持ってやるよ」
「そこさえ上手く出来れば、私もちょっと子育てに煮詰まったら、預けてエステにも行けるし、
習い事とかもまた始めたいな」
「うん、上手く気晴らしとかもしながらやらないと、もう一人出来たらもっと大変になるからね。」
一旦同居と言う方向性が決まれば、意外と楽しい事がめじろ押しであった。それに何より同居が実現すれば
最大の親孝行が出来るのが嬉しかった。
今は二人で一所懸命子育てをしているが、教育上おじいちゃん・おばあちゃんにしか教えられない事があるのも
心の中では分かっていた。

実際に同居となれば、今の両親が住んでいる古屋を建替えてと言う事になるが、土地さえあれば親と共同で
二世帯住宅を建てるのは自分にも無理がない。それどころか現在よりも余裕が出来そうだ。
両親も孫と同居出来るとなれば喜んで資金も出してくれるだろう。私の腹も決まった。
後は程よい距離で仲良く暮らせる“箱”を用意しなければならない。箱の出来栄えとお互いのルール作りで
全ては決まると思っていた。
「そういえば・・」
妻の声で私は現実に引き戻された。
「この前読んでた雑誌に、二世帯住宅には楽しく過ごせるノウハウが必要だって書いてあったよ。」
妻が引っ張り出してきた雑誌に目をやると、地元の注文住宅専門のタマックと言う建設会社が二世帯住宅に
ついて何やら熱く語っている。
“二世帯同居には、大人の知恵と、プロの提案が必要です!!”
読んで行く内、これまで漠然としていた二世帯同居が急に身近に、そして確かなものとして感じられて来た。
その会社はエリアをかなり限定して施工している。しかし、その所在地は両親の実家のすぐ近くだ。
「一度、うちの親も誘ってこの会社に行ってみるか?」
今度は妻が心配顔になった。
「お義父さんたち本当に同居を喜ぶのかなー?」
この瞬間、妻が何より愛しく思えた。
「決まってるだろ!大喜びだよ!!」
私は自信に満ちた声で応えた。

息子夫婦との同居のために(親世帯編)

妻と写真を眺めていた。孫の七五三の時に撮ったものだ。
今は孫の顔を見るのが何よりの楽しみである。
妻も孫と次に会える日を、今日会って来た先からもう楽しみにしている。
孫の可愛さは確かに理屈ではない。
「あんな賃貸のマンションに高いお金払ってないで、ここで一緒に住んだら良いのにね」
妻が淋しそうに、そして半ば期待するようにつぶやいた。
確かにそうだ。息子夫婦の今後を考えても、金銭的にも大変なはずだ。
だが同居の事はやはり切り出しにくかった。言ってしまったがために、現在良好な嫁との関係がギクシャクしては
息子が気の毒だ。
しかし、日々の生活の中で孫の笑顔に包まれる生活は何ものにも代え難く、そして何よりも有難い。
「そうだな。この家を好きなように建替えてやって、そこに住むように言ってみるか」
「うん、そうしましょうよ。そうすれば子供の世話もしてあげられるし」
「でも、甘やかし過ぎたら怒られるぞ!」
と言いながら、私にも自信はなかった。
「それは分かってますよ。でも一人で育てるのは大変だから、きっと助かるはずよ。
こんなに広い土地があるのにもったいないですよ。ここに来ればあの子もおもいっきりお庭で遊べるし」
息子夫婦にすれば、我々と暮らすよりは今の生活の方が気楽に違いない。それを敢えて同居を提案する限りは、
家の間取りから生活の要望まで出来るだけ息子夫婦に合わせてやる必要があると思っていた。
金銭的な負担やいろんな場面での多少の我慢は、孫との賑やかな日々を考えれば何でもない。
この古屋の建っている土地はかなり余裕がある。したがって、大きめの一世帯でも、完全に分かれた
二世帯住宅でも息子の望むものが建ててやれる。
入口も中も全く別では淋しい気もするが、それでも離れて暮らすよりはずっと良い。
そんな事を話している矢先に、さっき分かれたばかりの息子から電話がかかって来た。
「父さん達、同居とか考えた事ある?」
一瞬面食らった。しかし、わざわざ電話して来た所を見ると嫁も同居に賛成してくれているのだろう。
「ちょうど今、和樹の写真を眺めながらバアさんとそんな話をしていた所だよ。」
「あ、そうなの?」
「お前達が良いって言ってくれるなら、ここにお前達が住みやすい二世帯住宅を建ててやるから、
そこに住んだらどうだ? 今のままじゃ、大変なばっかりで、好きな事も出来んだろう」
「うん、そうなんだよね。和樹もじいちゃん、ばあちゃんが帰っちゃうと淋しがるし、うちのやつも一緒に住んでも
良いって言ってくれてるから・・」
「・・・」
つい目頭が熱くなった。妻はそばで、もう既にその日が来たような表情だ。
「父さんの家の近くにタマックって言う工務店があるんだ。
あそこに相談に行ってみようかと思うんだけど、どう?」
「こっちは暇だから何時でも付き合うぞ。日程を決めて教えてくれ」
「うん、分かった。じゃあ、また連絡する」
電話が切れた。切れてからも、妻と私は息子夫婦との心の絆を感じていた。ありがたい事だ。
タマックと言う会社の評判は私も知人から聞いていた。
どうせ建てるなら、可愛い孫が成人するまで近くで見守ってくれる会社が良い。

お互いに口には出さなかった、不安な気持ちが一度に拭い去られた瞬間だった。